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浅野暢来君の共同記者会見

投稿日2013/9/17

浅野暢来:記者会見風景1 浅野暢来:記者会見単独取材 浅野暢来:記者会見一貫生徒と 浅野暢来:記者会見MMT9月13日(金)横浜高等学校にて浅野暢来君の共同記者会見を行いました。

横浜高等学校を会場にして浅野暢来君の記者会見を行いました。 モンブラン登頂と山頂からパラグライダーでフライトをあわせて成功させたことは、日本人最年少という記録が確定していますが、さらに「日本人初」であろうという可能性が高まり、記者会見ではパラグライダーのコーチが代表してメディアに対してその宣言を行いました。 地元のテレビ神奈川をはじめNHK、JCNよこはま、タウンニュース、共同通信社 朝日新聞社、東京新聞社など各マスコミ関係者の方々が集まってくださり、定刻の17:00から会見を始めました。

会見では詳細資料を添えつつ、「モンブラン登山では、両側が切り立った狭い通路で、正面から来る登山者とのすれ違いがとても緊張した」こと、「高度で気温も低い中、手から伝わる細かな感覚をつかみたくて防寒のグローブははずして素手でフライトしたこと」など浅野君が自分自身の感覚を研ぎ澄ませ、最善の判断を冷静に行えたことや現地での様子や出来事を具体的に本人から報告するものとなりました。 またフライト直後は「天候にも恵まれて運も良かったです。素晴らしい景色の上空を鳥の目線になれる喜び、まるで大自然と一体化できたような最高の気分だった」と語りました。

当初の予定では、ケーブルカーでモンブランの麓3800mまで上がり、そこからアタック開始というものでしたが、浅野君自身が「すべて自分の足で登り切りたい」と現地で意思決定したそうです。高山病を回避する安全策と達成感を得るために高度1400m付近から徒歩で頂上を目指したことが会見で明かされました。アタック前の山岳のスキルの見極めでは高さ200mほどある垂直の崖を何度も登ったこと、登山技術のスキルが達していないという判断が下された場合はそのまま帰国することも覚悟の上であったこと、そして片言の英語を駆使してコミュニケーションを始め、「遊びではない挑戦」のせっぱつまった状況の中、大事なことを聞き逃さないという強い気持ちで数日後には、必要なコミュニケーションを楽しく図れるようになったなどのエピソードも披露されました。浅野君はたくさんの人にお世話になったことなど、感謝の言葉も添えて堂々と記者の方々の質問に丁寧にわかりやすく答えました。

会見の同席してくださった塩坂邦雄さんは、先月の8月16日に富士山頂からのフライトを見守ってくださった方でもあります。20年以上のパラグライダー歴でインストラクター、そして工学博士で2010年に台湾・第4原発の間近に活断層があることを発見し、大きな注目を浴びた方です。また日頃お世話になっている川地正孝コーチは2003年にパラグライダーの世界選手権大会で日本人初銅メダルを獲得したベテランです。

次はキリマンジャロを目標にすると宣言した浅野君。「高度の低い山もあるけれど、あえて難しいことに挑むことでレベルが高くてハードで内容の濃いトレーニングに励むことが可能だから」とそれを目指す理由を教えてくれました。挑む時期は「全てが整ったら」とのこと。危険が背中合わせの挑戦は決して無理をしないという基本を優先しています。 20代で最高峰制覇とフライトを徐々に目指せるようトレーニングを積んでいくと今後の予定を教えてくれました。 浅野君の明るいニュースは全国の新聞社が北海道から沖縄が発信しています。 また記者会見の取材では、「MMT」と表示された青い腕章をつけた生徒のマルチメディア班の生徒たちも大活躍。

そして、担任の先生から浅野君の情報を聞いたという一貫コースの1年生が放課後に残って会見を見学していました。「先輩すごい!かっこいいです。僕らも何かしないと!っていう気持ちになれました!」と最後は浅野君と写真を撮り、握手。まったく接点のなかった上級生と下級生でしたが、お互いを気持ちよく認め合う様子に記者の方も微笑ましく感じてくださったようでした。 浅野暢来君は9月19日(木)21:30からのTVKニュース内に生出演が決定しています。5分間のドキュメントも放映されます。21:30からの番組です。ぜひご覧ください。